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2012/03/16

コートジボアール ワタラ政権の内閣改造に失望 Côte d'Ivoire : déception à Abidjan après le remaniement de Ouattara

昨年12月総選挙の終了から3ヶ月を経た3月12日、首都ヤムスクロで新国民議会が発足。これに先立ち数日前に辞職していたソロ前首相(Guillaume SORO)が、議長に選出された。首相の座を退いたもののまだ政治的な影響力を振るうことになる。
内閣メンバーはほとんどが留任だが、2つの変化と言えば、新首相にアウスカディオ氏(Jeannot Ahoussou Kouadio)が選ばれたこと(法務相を兼任)、そしてこれまでソロ首相が兼任していた防衛相のポストをワタラ大統領(Alassane OUATTARA)自らが兼任することになったことだ。
内閣人事は個々の大臣の能力よりも、政治的配慮に基づいているという批判があり、ほとんどの大臣が留任したことに対し、Jeune Afrique誌は失望の色を見せている。(以下記事要約)


ワタラ大統領は変革より安定を選んだ。内閣改造の人事では、メンバーのほとんどが留任したことに、コートジボアールメディアと欧米の外交官は期待を裏切られて失望している。変化といえば、ベディエ元大統領に近い人物であるアウスカディオ氏が新首相兼法務相が選ばれたことだ(*)。ワタラ大統領は今回の人事を、2010~2011年の選挙後の政情不安で落ちた経済をV字回復させるなどの「重要な任務が残っているから」だと正当化した。また、安全保障と軍隊改革をワタラ大統領自らが担当することによって、改革に断固取り組むという姿勢を見せている。

利権あさり
今回の内閣人事には、真の内閣改造を求めていた国際ドナーも失望している。大臣の中には「利権あさり」に精を出していると疑われる人物が複数いるからだ。大統領は2012年下期に予定されている大幅な債務削減の前には内閣のメンバーを大きく変えたくないのだろうといわれるが、彼らに対し「更迭も辞さない」と警告をしていたという。
経済再建と国内和解以外の政府の不安の種は、治安問題。選挙後の政情不安から1年が経つが、治安が完全に回復したとは言いがたい状況だ。よって、この件に関しては、ワタラ大統領は自らが防衛大臣のポストを兼任し、「リスクをとる」ことに決断したという。

危険な元反乱軍
なぜなら、防衛大臣としての一番の任務は、自らのために戦って(大統領の座に導いて)くれた元反乱軍が編入されている共和国軍にメスを入れることからだ。彼らの「統率は取れていない」。バグボ前大統領の失脚後、2万人の軍人が非武装化されたと現大統領は指摘する。それでも今日まだ4万人の元軍人(そのほとんどが元反乱軍)が確認されている。国家の社会再建・復帰プログラムによって武装解除をし社会復帰を促さなければならない元軍人の数は10万人に上るという。このためには楽観的に見積もっても10年はかかるという。

(*) この背景には、2010年大統領選の決選投票で、ワタラ氏が第一回投票で第三位で落選したベディエ氏に対して、自らへの支持と引き換えに首相のポストを与えるという、両者の間で交わされた約束がある。

Source : http://www.jeuneafrique.com/Article/ARTJAWEB20120314185318/#ixzz1pCUw0ol3

2012/02/14

コートジボアール デュンカン外務大臣の外交政策 « Il faut revenir à la philosophie d’Houphouët »


この9ヶ月間で、デュンカン外相(68歳)は数々の西アフリカ諸国・欧米訪問をこなした。その目的は、西アフリカ地域の安全保障と協力関係を改善し、ドナー国を安心させ、経済外交を推進するというものである。

Jeune Afrique : コートジボアールの新しい外交精神とは?
デュンカン外相: 10年以上に及ぶ内戦・政情不安によってコートジボアールのイメージは傷ついてしまった。殻に閉じこもっているという印象を与えてしまっている。しかし、古くから友好国には我々が建国の父・ウフエボワニ(Félix Houphouët-Boigny、初代大統領)の精神を取り戻していると伝えたい。彼は「コートジボアールは全ての人の友であり、誰の敵でもない」と言い、近隣国をはじめとする世界と平和な関係を保っていた。だから、近隣諸国や地域連合との関係を今一度強化したい。例えば、西アフリカ諸国経済通貨同盟(UEMOA、Union économique et monétaire ouest-africaine)、ECOWAS、協商評議会(Conseil de l’entente)、マノ川流域同盟(Union du fleuve Mano)など。

地域の安全保障というのは深刻な課題ですね。
非常に重要な問題だ。だからこそ協商評議会を再開したし、またECOWASが独自に介入できるような軍隊を持つことに我々は賛成している。その姿勢は我々が仏・米といった近代的な軍隊を持つ国との防衛・安全協力(麻薬取引、希少金属取引、テロとの戦い)を推進していることにも現れている。コートジボアール難民の帰還のために、リベリア、ガーナ、トーゴ、ギニア、そして国連高等難民弁務官事務所と合意を結ぶこともした。これによって一番不安定な地域、特に東部と西部の安全を取り戻すことが出来るだろう。

経済外交における重要事項はなんですか。
現代の外交は多角的で経済的要素が多く含まれる。我々の野望は2025年までに新興国の仲間入りを果たすことだ。そこでフランスをはじめとするヨーロッパ諸国やアメリカとの関係を強化するのは当然であり、同時に中国、韓国、ブラジル、インドなど新興国とも関係を築いていく。地下資源の開発、産業化、交通、低所得者住宅など、協業の可能性はたくさんある。
また、わが国の名誉領事ネットワークを拡大し、ブリュッセル、パリ、ワシントンへの経済ミッションに予算を与える。近く南アにも経済ミッションを開設する予定だ。目的は海外投資を呼び込むこと。カーボンファンドや持続的開発ファンドなど新しい可能性にもトライしている。さらに、今後はディアスポラの帰国推進、外交政策学院の設立なども検討している。

西アフリカ地域の統合についてはどうお考えですか。
我々は再び西アフリカ地域の原動力になりたいと願っている。アビジャン・アクラ・ワガドゥグをつなぐ道路網、発電所、鉄道網など地域統合事業を強化したい。ナイジェリア、ブルキナファソとの二国間委員会(大臣間の合同委員会)も再開した。西アフリカは世界で20番目の経済力を持っている。我々が地域統合に成功すれば、投資がどんどん舞い込むだろう。

この記事は以下のJeune Afrique誌の記事を日本語で要約したものです。 
Source : AIRAULT, Pascal. Daniel Kablan Duncan « Il faut revenir à la philosophie d’Houphouët ». Jeune Afrique 2665 du 5 au 11 février 2012. p69.

2012/02/11

コートジボアール ワタラ政権その後 Politique : Et maintenant?


<これまでの経緯>
長年の政情不安・国内分裂状態に終止符を打つはずだった2010年の大統領選挙。9月28日に現職バグボ大統領(当時)とワタラ元首相との間で決選投票が行われた。12月2日、選挙管理委員会は僅差でワタラの勝利を発表。しかし翌日この開票結果を憲法院が無効とし、バグボを勝者と発表した。バグボは国際社会からの非難をよそに大統領の座にとどまり続けた。交渉では状況が打開できず、2011年2月に戦闘勃発。アビジャンでの戦闘を経て、4月11日バグボ夫妻が逮捕された。5月21日ワタラ大統領が正式に就任し、内閣発足。12月11日議会総選挙実施。

2010年の大統領選に至までの経緯はここでは割愛しますが、この辺の政治駆け引きは岡村前大使 のブログに詳しいのでご参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/zoge1

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ワタラ大統領は就任から9ヶ月たった現在、全ての事業の前線に立って陣頭指揮をとっている。2011年12月の総選挙で証明された大きすぎる存在感が、ひいては公共事業と和解をスピードダウンさせる恐れがある。

こんな小話がある。ある大臣が朝7時に出勤すると、まだオフィスの鍵が閉まっている。さあ大変、オフィスの電話が今にも鳴るのではないか。大統領は内閣のメンバーが寝坊せずに出勤してるか頻繁にチェックしているから。大臣はハラハラしながら鍵を持っているはずの門番を探す…。ワタラ政権にとって、いかにコミュニケーションが重要かということが表れているエピソードである。

ワタラ大統領は数々の大統領令や法令を発して、9ヶ月で国家体制を整えた。彼の緊急政策が水道・電気網と医療・社会インフラを復活させ、公務員は朝7時半には出勤するようになった。大統領自身は西アフリカ諸国・欧州・米国を訪問しては各国との関係を築き、財政支援を求めている。2020~2030年度開発計画には、コートジボアールのGDPを2020年までに500億ドル(380億ユーロ)まで倍増させる野望がこめられている。この賭けに勝つには、大量の投資と、175億ユーロに上る国家開発計画予算の財源が必要だ。
野党はこの政治運営を非民主主義的だと批判している。(ワタラ派が多数を占める)議会での議論の不在、政治・軍事・ビジネスに影響力のある一部の人間がおいしい公共事業と権力を分け合っている構図…。

2000年以来はじめてとなった昨年12月の議会総選挙。ワタラの与党RDRは255議席中127議席、連立与党PDCIは77議席を獲得して多数派となり、大統領府の意向が通りやすくなった。2012年1月、ワタラは部下たちを激励すると共に、もっと事業をスピードアップさせるよう発破をかけた。目下のプライオリティーは若年層の雇用だ。大学は2012年度は工事のため学生を受け入れないことになっており、これが35歳以下の失業者600万人に加わる。社会不満はすぐにでも爆発しかねない。これが、ワタラ大統領が大型公共事業を急ぐ理由でもある。2012年の歳出は6200億FCFA。「この予算はすべての人に職を与えるには足りないが、一般企業がリスクをとってでも若者を雇用していかなくてはならない」と官房の一人。その代わり政府は業者への支払いを迅速に行い、研修の再開、商業裁判所の設置、また中小企業をサポートすることでビジネス環境を整えていく、という。

もうひとつの大きな課題は治安回復だ。2011年末、元反乱軍(FN)はコートジボアール共和国軍(FRCI)の一員になった。しかし彼の一部の横暴は目に余るもので、痺れを切らしたワタラは、担当のソロ首相兼防衛相の手からこの件を引取り、自らが直接仕切ることにした。全ての参謀長を招集して、Zakaria Koné氏を新しい憲兵隊の長に指名。この憲兵隊は、頑固な元反乱軍を統率するための特別部隊である。この後には、2007年ワガドゥグ合意で約束された軍隊再編が待っている。

もしワタラが治安を回復し、雇用を創出することに成功すれば、バグボ派からも評価されるだろう。しかし、真の和解は遠い。対話・真実・和解委員会(CDVR)が設置されたもののバグボが国際刑事裁判所送りになったことが和解を難しくしている。FPI党(コートジボアール愛国戦線、バグボ派)との対話は失敗に終わり、彼らは結局12月の議会総選挙をボイコットしてしまった。
ワタラが賭けに勝つためには、バグボ派の人間にも手を差し伸べる必要がある。政府や国営企業の代表には、今のところ、(支持に報いるために)ワタラ陣営の人間が任命される例が多い。一方、バグボ前政権の重要人物17人は未だに拘束状態にある。和解の一歩となるかもしれない彼らの裁判も進んでいない。2010年の選挙でバグボに投票したというアビジャン在住の若者は語る。「和解の準備は出来ている。でも、僕らが望むのは真実、そして両陣営に対する平等な裁きだ」。

*この記事は以下のJeune Afrique誌の記事を日本語で要約したものです。
Source : AIRAULT, Pascal. Politique : Et maintenant? Jeune Afrique 2665 du 5 au 11 février 2012. p62-64.

2012/01/21

コートジボアール:ワタラ体制の内側 Côte d’Ivoire : Le Système ADO


アビジャンの大統領府では、その主だけでなく仕事のスタイルも変わった。もはや気まぐれで物事が決まることはない。几帳面なワタラ大統領は信頼の置ける部下に囲まれている。

バグボ時代とは打って変わり、ごった返していた大人数のスタッフは少数精鋭に取って代わられ、来客はアポがないと待合室に入れないようになった。全てが秩序正しくなったと言える。しかし「(政府が)完全に機能するようになるまでまだ5ヶ月くらいかかるだろう。それくらいこの国はめちゃめちゃで汚職まみれだった」とワタラ大統領は見ている。

ワタラ大統領のトゥレ官房長官(Sidi Toure)は、「大統領は部下に仕事を任せるのを好み、多くを求める。だが、絶対的に信頼できる部下でないとならない」と分析する。ワタラは非常な慎重さで部下を選び、ソロ首相(Guillaume Soro)をはじめ、バカヨコ内務大臣(Hamed Bakayoko)内務大臣、コフィ財務大臣(Charles Dibi Koffi)、アウス法務大臣(Jeannot Ahoussou)、デュンカン外務大臣(Daniel Kablan Duncan)、アチ・インフラ大臣(Patrick Achi)といった閣僚と密に連絡を取り合っている。

中でも重要な役割を占めるのが、通称「トロイカ」のメンバーだ。
まず、クリバリ書記長(Amadou Gon Coulibaly)、53歳。ウフエボワニ政権下でワタラが首相になる前の1990年から彼をサポートしてきた。大統領の腕・目・耳として、内閣と地方政治、大統領府直轄機関、まだ法務を担当している。
次に、タノ官房長(Marcel Amon Tanoh)、60歳。防衛、治安、外務、人権と官房組織(バグボ時代は300人近くいたというが、現在は20人程度)の管理を担当。
最後に、大統領の実弟ワタラ氏(Tene Birahima Ouattara )、56歳。ワタラ大統領の「コピー」と呼ばれ、大統領府における財政・人事改革を実行して、ヤムスクロとアビジャン合わせて900人のスタッフを解雇し、月間5億FCFAの節減を実現した。

ワタラ大統領は朝9時半に勤務を開始し、毎朝必ず憲兵・警察長官と治安情報のアップデートを行った後、トゥレ官房長官及び広報担当者と打ち合わせ。10時半にはトロイカのメンバーと打ち合わせを行い、11時半には記者会見をおこなう。昼食はだいたいの場合、会議を伴う。月曜はトロイカのメンバーと、火曜日はソロ首相と、木曜日は海外からの来賓といった具合だ。金曜日はRiviera地区の自宅で執務するようにしている。大統領官邸Cocody地区にあるが、政敵であるバグボ前大統領が住んでいたこの場所に移ることを拒否しているのだという。
いずれはヤムスクロに業務を移行する予定だが、あと2、3年は時間がかかるだろうと大統領は見ている。

*この記事は以下の『Jeune Afrique』誌の記事を日本語で要約したものです。
Marwane Ben Yahmed. Côte d’Ivoire : Le système ADO. Jeune Afrique 2661 (du 8 au 14 janvier 2012). p28-30.

2011/12/10

コートジボアール ワタラ大統領とソロ首相は名コンビ?


ワタラ大統領とソロ首相。先輩として、後輩として、二人はお互いの働きぶりを評価している。コンビを組んでから半年。外からみても、この二人は勤労・再建・和解というスローガンを共有し、しっくりと行っているように見える。「最初はぎこちなかったが、ソロは飲み込みが速く、すぐにワタラ流に適応した。彼はワタラと同じく、機敏で、実際的で、重要事項に着手する能力があることを証明した」と大臣の一人はコメントする。

大統領は経済政策と外交を、首相は防衛と安全保障を担当という役割分担もきちんと出来ている。そして、経済活動は再開し、役所は機能し、治安も回復…と、すでに成果を挙げている。共和国軍(FRCI)に関する山積みの課題はまだ片付いていないが…。
法治国家を再建し、北部の二重経済を終わらせたいワタラ大統領は、長年ソロを支持してきたComzoneの武将たちの動きを心配している。「ワタラを権力に助けてやったのは自分たちだ」と幅を利かせる彼らを慎重に扱わなければならないことをソロは知っている。

二人の経歴だけみれば、彼らが上手くいく保証などどこにも無かった。ワタラは69歳で、ソロ(39歳)の父親でもおかしくない年齢であり、一方はマリンケ族のムスリム、もう一方はセヌフォ族のカトリック。前者はIMF、BCEAO、首相を経験した経済の専門家で「理想の大統領」としてのプロフィールを国際社会も認めている。後者は、学生運動あがりの武力によって権力を手にしたやり手の政治家であり、それゆえに警戒もされている。ワタラは友人であるフランスにNOを言いにくいが、ソロはずばりと言ってのける。

もともとソロはバグボ寄りだった。ソロは1990年代半ばから、コートジボアール学生・生徒連邦(FESCI)のリーダーを務めていたが、1998年にバグボがFESCIのリーダーにソロの側近ではなく、ベテ族のシャルル・ブレ=グデを選んだことからソロはバグボから遠ざかる。ソロは彼を「イヴォワリテ」の波に乗っているを批判し、英国・フランスに逃れた。留学先のフランスでワタラと親しくなり、2002年にFN(元反乱軍)のリーダーになってからも、二人の親交は続いた。2007年にソロがバグボ政権下の首相になったときに二人の関係は悪化したが、バグボが大統領選後はソロを排除する気であるということを嗅ぎ取ったソロは再びワタラに接近。ソロは自分と自分の陣営の者たちの未来についてワタラと交渉し、すでに2008年の時点でワタラが当選した暁にはFNを国軍に編入するということで合意が出来ていたという。そして2010年の大統領選の前にも二人は秘密裏に接触し、「バグボ後」のシナリオを既に話し合っていた。

ブルキナ大統領ブレーズ・コンパオレの存在もソロ・ワタラ同盟に関係している。彼はソロとは10年、ワタラとは30年来の付き合いで、それぞれを息子・兄弟として扱っている。ブルキナファソといえば、植民地時代からカカオ王国コートジボアールへ300万人を超える出稼者を送り出してきた。コンパオレにとって、そのウフエボワニ時代の発展を呼び戻すことが出来るのはワタラなのだ。それで、二人が対立した時には間に入って仲介し、サポートしてきた。Comzoneを国際刑事裁判所に送るぞと脅しをかけることをやめるようにワタラに忠告したのもコンパオレだ。

コンパオレにとってもワタラにとっても、ソロは将来への賭けである。ソロには、ワタラ政権の原動力としてよい働きをすることが求められている。それによってコートジボアール再建の立役者としてワタラ自身も、そして後継者としてのソロの将来も約束される。ワタラは、大統領選で連合を組んだ協力者・ベディエを首相に迎えるか、重要ポストを与える義理を背負っているが、憲法を改正して副大統領というポストを新たに作り、ソロを手放さずにベディエを首相に迎えるという可能性も考えられる。

アラサン・ワタラ(Alassane OUATTARA)
69歳、イスラム教徒、経済学修士(ペンシルヴァニア大学)。IMF副代表、西アフリカ諸国中央銀行(BCEAO)総裁などを歴任。48歳で首相を経験。

ギヨーム・ソロ(Guillaume SORO)
39歳、キリスト教徒、英語学士(アビジャン大学)。元学生運動のリーダー。35歳で首相を経験。

*この記事は以下の『Jeune Afrique』誌の記事を日本語で要約したものです。
AIRAULT Pascal & MIEU Baudelaire. « Côte d’Ivoire : Partenaires particuliers ». Jeune Afrique 2655 (du 27 novembre au 3 décembre). p36-39.